今から半年ほど前、某家電メーカーで行った、デザイン思考をベースとした海外での事業開発プロジェクトで、ある印象的な出来事がありました。

それまで、メンバーそれぞれが自社の技術に誇りと自信を持ち、顧客視点を一貫した事業創造に取り組んでいたさなか、ある1人の投資家の言葉に、全員が絶句することになります。

「今すぐ起業して、その事業始められる?」
「自分のお金削ってでもやる覚悟はある?」

優秀な社員が集まったチームでありながら、新規事業を推進する上で不可欠である、取り組むテーマに対する強い当事者意識が欠如している、まるでアタッカー不在のバレーボールの試合のような状態になっていたのです。

アート思考(Art Thinking)とは?

イノベーション創発、新規事業開発における重要なマインドセットとして最近注目されるようになったアート思考(Art Thinking)という概念。
現在当社が支援するプロジェクトにも、重要なエッセンスとして取り入れています。

アート思考とは一言で言えば、「自己の課題感や使命感、情熱や思いをベースとした価値創造のアプローチ」です。
また”起業家精神”と言い換えることもできます。

昨今ある種のトレンドとして認知されているデザイン思考は”顧客起点”の一貫による事業開発であるのに対し、アート思考は”自分視点”をベースとした事業開発のアプローチです。
「ビジネスに自分視点など不要ではないか」というツッコミもありそうですが、大前提として、デザイン思考とアート思考どちらかが必要ということではなく、どちらも必要です。

実際に新規事業開発では冒頭にご紹介したような当事者意識の欠如/不足によってプロジェクトが行き詰まるケースが実に多く発生していることから、ここにきて「事業の真髄とは何か?」「自分(たち)は一体何を目指すのか?」という根本的な問いに向き合う必要性を私たち自身も強く感じています。

デザイン思考からアート思考へ、その背景とは?

産業界においては、大量にモノを生産し、マスマーケティングで大量消費を促進するのが通例であった経済成長期のビジネスモデルを経て、2000年代に入り、デジタルや情報通信技術の急激な進化と合わせて、顧客志向の重要性が強く認識されるようになりました。

産学においては、”デザイン思考”による事業や商品の開発アプローチに注目が集まり、広く認知・実行されるようになったことは記憶に新しいところではないでしょうか。

しかし、ここには盲点もありました。

新規事業は、
・Needs : 必要とされていること(マーケットニーズ)
・Can : できること(自分/自社の技術力や資源)
・Will: やりたいこと(事業を推進する当事者のやりがい)
この3つの要素が融合したとき、最も高い効果をもたらします。

世界で最も成功しているGAFA各社も、ほぼ例外なくこの要素を満たしているといえます。
例えばgoogleは、
・Needs : “知の探求”という人間の普遍的な欲求に対し、
・Can : 創設者の2人が磨き上げた”検索エンジンの技術力”を武器に、
・Will: 「1クリックで世界の情報へアクセス可能にする」という使命を追求し
ご存知の通り世界最大のテクノロジー企業に育て上げました。

多くの企業では、個人のWillが尊重されることはあまりありません。仕組みを踏襲することで利益が発生する大きな組織ほど、時にWillは邪魔な存在にさえなり得るものです。

経営指針としてイノベーションを声高に掲げて新規事業にチャレンジする企業でさえも、1→100フェーズを主とする既存事業のマインドとの切り分けができないことが大きな壁になっているケースが実に多く見られます。

しかし、製品/サービス、しいてはビジネスそのもののライフサイクルが短命化している現代において、0→1を生み出し続ける企業文化を持つことは、多くの企業にとって最も重要な経営課題でもあります。
0→1においてもっとも重要な”失敗を糧に次にチャレンジするマインド”=突破力が不可欠なのです。

ゆえに今、アート思考が注目されていることは必然的なことなのかもしれません。

しかし、アート思考は万能薬ではない。

では、すべてのプロジェクトにアート思考を取り入れれば良いか?といえばそうではありません。

アート思考も、デザイン思考同様、単に一過性のトレンドに飛びつくように取り入れても、そこに正しい力学が作用することはありません。(万能薬ではなく、時にはプロジェクトメンバーに混乱をもたらしてしまうことがある劇薬にもなりうるために注意が必要です。)

事業開発の段階に応じて、必要とされるマインドセットは異なります。
まずは、事業開発の各段階において「アート思考」「デザイン思考」「ロジカル思考」のどれが重要なのかを定義することが不可欠です。

組織文化改革におけるアート思考の意外な効果

企業文化の中にアート思考を浸透させることは容易ではありませんが、不可能なことでもありません。

bridgeでは、若手の選抜メンバーを中心に、企業文化改革をテーマとしたワークショップを行い、経営陣に対して施策案を提案し、プロジェクトを発足して実際に取り組むという活動を支援しています。

様々な観点から社内の課題を洗い出していくと、興味深いことに、「イノベーション」「新規事業」「ベンチャー精神の醸成」といった課題がほぼ例外なく出てきます。

企業の歴史を遡り、創業者の想いにふれ、自分がどのような気持ちで入社したか?を紐解いていくと、そこには必ずといって良いほど、「何かにチャレンジしたい」という人間本来の普遍的な欲求が存在していることに気づきます。

皆が描いているあるべき姿と現場とのギャップを洗い出し、自ら提起した会社の問題を自分ごととして捉え、所有感を持って未来の改革に向けて主体的に行動するプロセスを進めているうちに、メンバーの中に強い当事者意識が醸成されていきます。

いつの間にかそこにアート思考が芽生えてくる、私たちにとっても非常嬉しい瞬間です。
企業においては、社員が声を上げる場を創り、(最初は愚痴のオンパレードであっても)そこにマネジメント層が真摯に向き合うということが、社員のエンゲージメント強化にも大きな効果をもたらします。

まとめ

本来、企業は人を幸せにするためにあるべきもの。
ボタンの掛け違いで、そんな当たり前の景色がぼやけてしまってはいないでしょうか?
昨今の若者はお金よりやりがいやそこで働く意味に強くこだわる傾向にあります。

深刻な少子化、労働力不足の時代に突入していく日本において、優秀な人材を採用し、定着させていくことはまずます重要な経営課題になっていくことは明白であるなかで、社員個人のWillを尊重し、企業の成長に生かすことは不可欠です。

Willを掲げた多くの社員が、新規事業の打席に立ち続ける。
多くの企業が目指す”イノベーション”は、その先にあります。

この記事を書いた人

鈴木郁斗 – ビジネスデザイナー / 株式会社bridge


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