前回のメンバーインタビューから数年。
リクルートで広告制作や事業開発、新規事業に携わり、グローバルクリエイティブエージェンシーでの経験を経て、現在はマレーシアを拠点とするスタートアップで、子どもの発達支援に関わる事業を推進している村上雄紀さん。
成果を求め、最短距離で事業をつくる環境から、異なる文化や価値観を持つ人々とともに、時間をかけて社会の仕組みを変えていく仕事へ。
世界を舞台に活動する中で変化した仕事への向き合い方や、子どもたちに届けたい「世界を見る幅」、bridgeで担う役割とこれからについて伺いました。
――まずは、これまでのキャリアについて改めてお聞かせください。
新卒でリクルートに入社し、ブライダル領域で7年ほど働きました。
最初は広告ディレクターとして、「ゼクシィ」の誌面や広告、イベントなどを制作し、
結婚式場やホテル、レストランの集客やブランディングを支援していました。
仕事を続ける中で、徐々にマーケティング担当者だけではなく、経営に近い方々とお話しする機会が増えていきました。
企業のビジョンや次の戦略を一緒に考えたり、新しい商品やサービスをつくったりと、
広告制作からサービス開発、事業開発へと仕事の領域が広がっていったんです。
その後、大手企業とリクルートによる共同事業の立ち上げにも携わりました。
リサーチや商品開発など、事業のコアとなる領域の責任者を担当し、
ゼロから始めた事業を3年ほどかけて単年度黒字まで育てました。
振り返ると、広告からサービス開発へ、サービス開発から新規事業へと、
少しずつキャリアを変化させてきた20代だったと思います。
――もともと、将来やりたいことが明確にあったのでしょうか。
リクルートに入った時点では、「30代以降、何で生きていくかを20代のうちに決めよう」と考えていました。
就職活動では200社ほど受けたのですが、その中で最も可能性を広げられそうだと感じたのがリクルートでした。まずはいろいろな経験をして、その中から自分のテーマを見つけようと思っていたんです。
――教育やグローバルな領域に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
もともと教育には関心がありました。小学校の卒業文集にも、
将来の夢として「塾の先生」と書いていた気がします。
転機になったのは、リクルートの休暇制度を利用して、1カ月間北欧へ留学したことです。
デンマークにある「カオスパイロット」というビジネスデザインスクールで、
プロジェクトデザインやクリエイティブリーダーシップについて学びました。
国籍も専門性も異なるメンバーが、正解のないテーマに向き合い、
言葉が十分に通じなくても一緒に何かをつくっていく。
そのプロセスがすごく楽しかったんです。
「カオスパイロット」という名前には、先の見えない混沌とした時代を航海できる人を育てる、という思想があります。
そこでの経験を通じて、将来はこうした学びの場や機会をつくりたいと思うようになり、「グローバル×教育」というテーマが少しずつ見えてきました。
――現在は、どのような活動をされているのでしょうか。
マレーシアを拠点とするTOY8(トイエイト)というスタートアップで、
プロダクトとサービス領域の責任者を務めています。
現在取り組んでいるのは、0歳から6歳までの子どもの発達を支援する仕組みづくりです。

出所:https://www.toyeight.com/ja/
日本では、乳幼児健診などを通じて子どもの発達を確認し、必要に応じて支援につなげる制度があります。
一方、マレーシアをはじめとする東南アジアの国々では、そうした仕組みがまだ十分に整っていません。
そこで、デジタルプロダクトを活用して子どもの発達を確認し、
必要な支援へとつなげる仕組みをつくっています。
ただ、サービスを提供するだけでは、届けられる人に限界があります。
より多くの子どもたちが支援を受けられるよう、政府や研究者とも連携しながらデータやエビデンスを蓄積し、それをもとに新しい政策や制度をつくることにも取り組んでいます。
現在はさまざまな財団の支援も受けながら、3カ国ほどでプロジェクトを展開しています。
――1つのプロダクトをつくるだけではなく、国の制度そのものを変えようとしているのですね。
そうですね。制度を変えるには、研究者と研究計画をつくり、データを集め、
論文として発表し、その結果を政府や有識者に伝えていく必要があります。
さまざまな立場の人を巻き込みながら、長い時間をかけて、新しい社会の仕組みをつくっていく仕事です。
――前回のインタビュー以降、仕事への向き合い方や価値観に変化はありましたか。
一番大きく変わったのは、「時間のかかるもの」に向き合えるようになったことだと思います。20代の頃や、コロナ禍以前は、もっと急いでいたような気がします。
リクルートでは、短い期間で成果を出し、事業を大きくすることが求められていました。
自分自身も、いかに早く、効率よく、最短距離で成果を出すかを考えていました。
一方、現在取り組んでいる教育や政策は、すぐに結果が出るものではありません。
今は、「いかに早く成果を出すか」よりも、「どれだけ大きなインパクトを生み出せるか」を考えるようになりました。
政府と新しい政策をつくることも、国をまたいでデータを集めることも、短期間では実現できません。大きく構想し、時間をかけて育て、社会に根づかせていく。
そうしたことを志すようになったのが、大きな変化だと思います。
――異なる文化の中で仕事をすることも、影響しているのでしょうか。
すごく影響していると思います。
マレーシアでは、宗教や家族に対する考え方も日本とは異なります。
例えば、ラマダンの期間があったり、仕事よりも家族との時間や食事を優先する人がいたりする。
リクルートで働いていた頃のように、似た価値観を持つ人たちが集まり、最短距離で成果を目指す環境とは全く違います。
最初は、「なぜ予定通りに進まないんだろう」ともどかしさを感じることもありました。
でも、グローバルな環境では、自分にとっての当たり前は通用しません。
自分の考えが正しいという前提を手放し、相手に価値観を押し付けず、
異なる考え方を含んだまま一緒に進んでいく。
まだ難しさを感じることはありますが、少しずつ、その姿勢が身についてきたように思います。
――最近、特に関心を持っているテーマはありますか。
子どもが生まれたことや、現在の仕事で子どもの発達支援に関わっていることもあり、教育には引き続き関心があります。
その中で最近よく考えているのが、「幅をつくる」ということです。
経済的に豊かな世界もあれば、貧困の中で暮らす人もいる。
昆虫や植物のような身近な世界を深く知ることも、宇宙のような大きな視点を持つことも大切です。
一つの物差しだけで良し悪しを決めるのではなく、さまざまな世界に触れ、自分の視野を広げていく。
特に子どもの頃は、そうした幅をつくりやすいのではないかと思っています。
僕自身も、宇宙や哲学、歴史、戦争など、さまざまなテーマに関心があります。
以前は生け花やお茶を習ったり、ピアノを練習したりもしていました。
一つの領域に閉じるのではなく、幅広い世界に触れながら、自分の視点を広げ続けたいと思っています。
――村上さん自身が、幅広いものに関心を持つようになった原点はどこにあるのでしょうか。
一番は、好奇心を否定されずに育ったことだと思います。
両親から何かに興味を持つことを止められた記憶がほとんどなく、「それも面白いね」と肯定してもらっていました。
幼少期には、足の病気で2年間入院し、養護学校に通った経験もあります。
自分とは異なる背景を持つ人たちと出会い、一緒に新しいことを学ぶ。
その経験を通じて、「知らないことを知るのは楽しい」と感じるようになったのかもしれません。
最近、ミネルバ大学の方から「Far Transfer」という考え方を聞きました。
一見すると関係のない、遠く離れた知識や経験をつなぎ、新しい発想を生み出す力です。
幅広いものに関心を持ち、視点を近づけたり遠ざけたり、異なる時間や場所を行き来しながら考える。
AIによって答えを出すスピードが上がっていく時代だからこそ、
そうした力は、より重要になるのではないかと思っています。
――bridgeでは、現在どのような役割を担っていますか。
大きく分けると、三つあります。
一つ目は、大長さんの壁打ち相手として、bridgeが次に取り組もうとしていることや、大長さんの中にある考えを一緒に整理し、形にしていくことです。
二つ目は、クリエイティブディレクターとして、パンフレットや動画などの制作を支援すること。
対談をして記事にしたり、ワークブックやパンフレットをつくったり、
Webサイトや提案資料に落とし込んだりしています。
・ワークブックのDLはこちら
三つ目は、新規事業や組織開発に関するプロジェクトへの参画です。
最近はプロジェクト自体への参加は少なくなっていますが、これまでさまざまな企業のプロジェクトや研修にも関わってきました。
――bridgeの価値観の中で、特に共感しているものはありますか。
大長さんが大切にしている、「プロジェクトの所有感」という考え方です。
外部の専門家が答えを持ち込み、一時的に成果を出すのではなく、組織の中にいる人たちの思いや可能性を引き出し、その人たち自身が事業や活動を動かしていける状態をつくる。
その考え方には、bridgeに関わる前から共感していました。
英語の「Education」には、「内側にあるものを引き出す」という語源があります。
外から何かを教え込むのではなく、一人ひとりの中にあるものを引き出していく。
bridgeが取り組んでいる事業づくりやプロジェクトデザイン、組織の自走化も、まさに同じ考え方だと思います。
外から正解を持ち込んで終わるのではなく、その組織の中から新しいものが生まれ続ける土壌をつくり、より良い状態にして返していく。
それが、bridgeだからこそ担える役割ではないでしょうか。
――今後、bridgeで取り組んでいきたいことを教えてください。
引き続き、大長さんが考えていることを一緒に形にしていきたいです。
大長さんの中にあるものを引き出していけば、自然と自分自身も思いを持って取り組めるテーマが生まれてくると思っています。
人を起点に事業をつくり、長い時間をかけてプロジェクトを育てていく。
その考え方は、僕自身が大切にしていることとも重なっています。
bridgeが大切にしている「自走化」も、これからさらに社会の中で形にし、その価値を証明していきたいですね。
将来的には、海外で実践しているような、多様な国籍や専門性を持つ人たちと社会的なテーマに向き合うプロジェクトを、日本にも還元できたらと思っています。
時間のかかるテーマだからこそ、今は海外で実践を続けながら、その経験を少しずつ日本につなげていきたいです。
村上 雄紀(Yuki Murakami)
新卒でリクルートに入社。ブライダル領域にて、広告制作、サービスデザイン、新規事業立ち上げに従事。外資系広告代理店R/GAを経て、現在はマレーシアに拠点を置く教育スタートアップに参画。子どもの発達に関わる社会課題解決に取り組む。デンマークのビジネスデザインスクールKAOSPILOTへの留学、博報堂主催UNIVERSITY of CREATIVITYなどでの経験も通じ、個人と組織の教育を軸に活動中。