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企業と社会をつなぎ、持続可能な未来を創る——。今回は、循環型ビジネスの共創コミュニティや中心市街地活性化プロジェクトに携わり、サステナブルな事業開発を推進する、株式会社bridgeのプロジェクトデザイナー 七島 泰介さんにインタビューしました。
ーー日本企業におけるSDGs・ESGの重要性が年々高まっている背景を教えてください。
大きく3つの要因があります。まず、グローバルな規制強化と投資家からの要請です。EUでは「グリーンディール」や「CSRD」などの法規制が進み、ESG投資も拡大しています。日本でも多くの企業がTCFDに賛同し、気候変動リスクの開示を進めています。
日本政府は2050年までにカーボンニュートラルを実現する目標を掲げており、企業にも脱炭素経営が求められています。プラスチック資源循環促進法などの環境規制も強化され、人的資本に関する情報開示も義務化されつつあります。さらに、Z世代を中心にサステナビリティへの意識が高まり、エシカル消費も拡大しています。
ーーこうした流れの中で、どのようなテーマが「新規事業」として注目されていますか?
環境領域では、再生可能エネルギーや水素ビジネス、CCSなどの脱炭素ビジネス、資源循環を意識したサーキュラーエコノミー、サステナブル素材開発などが挙げられます。社会領域では、リスキリングやダイバーシティ推進といった人的資本経営の支援、ヘルステックなどの健康・ウェルビーイング関連、地方創生などが注目されています。ガバナンス領域では、ESGデータ管理・開示支援やサプライチェーン管理の透明化などが重要です。
例として、トヨタ自動車は水素燃料電池車「MIRAI」の開発やバッテリーEV戦略を強化しています。ユニクロはリサイクル素材の使用や環境負荷の低い製造工程を導入しています。パナソニックは家電リサイクルやEV用バッテリーのリユース・リサイクル事業を展開し、ソニーは女性・外国人・障がい者の雇用拡大や社員のリスキリングプログラムを提供するなど、人的資本経営に力を入れています。
――七島さんがIT業界から社会課題解決の分野へ興味を持たれたきっかけを教えてください。
IT業界だけの世界から、より広い視野で社会課題に向き合うようになったのは、コロナ禍がきっかけでした。それまではIT企業に勤め、テクノロジーの世界で活動していましたが、パンデミックによって生まれた時間的余裕と、様々なプロジェクトとの出会いが、社会課題解決を目指す事業開発に私の関心を向けさせたんです。
――その後、どのようにして社会課題解決型のビジネスに関わるようになったのでしょうか?
自分自身がもっと事業開発の経験を積む必要があると感じ、SDBLのイベントに参加したんです。SDBL(一般社団法人 社会デザイン・ビジネスラボ)は、社会課題解決型のビジネスを創出するためのコミュニティで、そこでより大きな社会的スケールでのテーマ探索に取り組むようになりました。特に興味を持ったのが「環境」がテーマの研究会でした。
――具体的にはどのようなプロジェクトに取り組まれたのですか?
研究会で出会った福井県の林業事業者とのご縁から、山林と企業をマッチングさせるプロジェクトに挑戦しました。プロトタイピングの一環として福井県へ足を運び、山の現場や森林組合、町役場などを訪問したんです。山に入って、木を切り出す現場や市場を見学し、様々な関係者にインタビューしました。専門家ではない自分でも、現場に行き、有識者とつながることで多くのことが見えてくる。この経験から、社会と企業、組織、個人をつなぐ活動に貢献したいと思うようになりました。
――現在はどのような活動をされていますか?
現在は「2030SDGs」などのカードゲームワークショップのファシリテーター資格を取得し、普段は考えないようなテーマについて多様な人々が対話する場づくりにも力を入れています。人々が社会課題について考えるきっかけを提供することで、少しずつ変化を生み出せればと思っています。
(カードゲーム「2030SDGs」ワークショップの様子/ 出典:株式会社NTTデータ先端技術ブログ)
――他にはどんなカードゲームのファシリテーター資格を持っていますか?
お金の使い方とウェルビーングを学べるfrom Me(日本ファンドレイジング協会)と、サーキュラーエコノミーを理解し、循環型社会を共創するサーキュラーコミュニティ(ごみの学校)の資格を持っています。ファシリテーターの認定を受けて、2025年5月7日に第一回目の体験会を開催しました。(詳細はこちら)
本体験会はサーキュラーコミュニティカードゲームというもので、ごみを出さないことを前提に、社会や経済を再構築していく社会をつくっていくために私たちはどうあるべきなのかを、業種や地域の壁を越えて考える機会を提供します。資源の枯渇やCO2排出による地球温暖化など、ごみや資源を取り巻く課題は大きくなる中で、新しい社会・経済の在り方としてサーキュラーエコノミーという言葉が生まれました。
――このような社会課題解決型の取り組みが期待されているんですね。
物を消費するだけでは経済社会が長続きせず、地域の構成要素としてのお金の使い方も大切です。そのバランスがウェルビーイングにつながります。民間企業と行政の役割分担が事業開発に影響しますので、コミュニティの協力による事業開発とサーキュラーエコノミーの理解が重要になります。
――七島さんは社会課題解決において「システム思考」が重要だとおっしゃっていますが、それはどういう意味でしょうか?
社会課題は複雑に絡み合っており、一つの側面だけを見て解決策を考えても、根本的な解決には至らないんです。例えば、環境問題を考える時、地球規模で捉えるのか、特定の地域に限定して考えるのか。問題の切り取り方によって、影響の範囲や解決策も変わってきます。全体像を理解した上で、どこで切り取るかを考え、そこにアプローチすることが必要です。加えて、誰がプレイヤーなのか、真因は何かを探ることも大切だと思います。
ーーサーキュラーエコノミーにおける視点について、何か特徴的なアプローチはありますか?
バタフライダイアグラム*で示されるように、課題間の相互作用を理解することが重要です。SDGsの本質も、こうした課題間の関係性を認識することにあります。そういう関係性が見えてくると、すごく深みがあって面白く、また解決できたら世の中のためになるのが、やりがいに繋がります。
*出典元:The Butterfly Diagram – Ellen MacArthur Foundation
――社会課題解決の第一歩として大切なことは何だとお考えですか?
まずは『知ること』だと思います。ニュースで見聞きするだけでなく、実際に現地に足を運び、自分の目で見て体感することが大切です。例えば、漁業の見学に行ったつもりが、交通の不便さという別の課題に気づくこともある。実体験を通じて初めて、深い部分に触れるチャンスが生まれます。
――特に効果的なアプローチ方法はありますか?
地域課題を把握する際に、自治体などへのアプローチとして、インタビューが効果的だと感じています。ただし、『〇〇で困っていますか?』と漠然と聞くのではなく、具体的な問いを立てることが重要です。適切なインタビューを組み合わせることで、解決に向けた糸口が見えてくるのです。例えば、前もって各自治体の首長が掲げる公約にどんなテーマが盛り込まれているか、総務省などのふるさと納税ポータルサイトなどで、どんなテーマの活動を掲げているか、把握した上でアクションすることなどが有効だと思います。
――最近注目されている概念や考え方はありますか?
『CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)』という概念です。新規事業という言葉には『既存と違う』という意味合いが強くなり過ぎていると感じています。本質は新しいかどうかではなく、価値があるかどうか。その点で、CSVの発想は社会課題解決と親和性が高いと思います。
――CSVがなぜ社会課題解決に有効だと考えますか?
CSVとは、社会的価値と経済的価値を同時に実現する経営戦略のことです。社会課題は複雑に絡み合っているため、一社だけで解決するのは難しい。自社の技術だけでなく、様々なステークホルダーとの協働が必要です。クラウドファンディングやオープンイノベーション、産官学連携なども、みんなが少しずつ共通の理想に向かって動く仕組みです。
――最後に、企業が社会課題解決に取り組む際に大切なことを教えてください。
企業の中だけで『自分たちさえ良ければいい』という発想では、社会課題解決はうまくいきません。多様なステークホルダーと共に、共有価値を創造する。それが持続可能な事業開発の鍵なのではないでしょうか。社会と企業をつなぎ、共に価値を創出することが、これからの時代に求められていると思います。