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プロトタイピング活動はなぜ定着しないのか?日本企業が乗り越えるべき課題とは【新規事業の自走化 #04】

プロトタイピング活動はなぜ定着しないのか?日本企業が乗り越えるべき課題とは【新規事業の自走化 #04】

大手企業の新規事業開発を中心に支援を続けてきたbridgeが「事業と組織」をテーマに、時にゲストをお招きしながら、bridgeメンバーで自由にディスカッションを繰り広げる「新規事業の自走化」シリーズ。

第4回目の今回は、プロジェクトデザイナー大長 伸行と、クリエイティブディレクター村上 雄紀、そしてプロトタイピング専門家 三冨 敬太の3人で座談会を実施しました。

大企業の新規事業開発が広がりを見せる中、製品やサービスのプロトタイプを作成して事前検証を行うための手法「プロトタイピング」の導入を検討する企業も増加傾向にあります。一方で、先行して取り入れている企業の中には、社内に浸透させる上で壁にぶつかることもあるようです。

そこで座談会では、

  • プロトタイピングが一気に普及しない背景
  • 先行して導入する大企業の中で起きている問題
  • 新規事業開発にトップがコミットしても浸透しない理由

の3点を中心に議論を交わしました。

日本の企業にプロトタイピングが浸透しない背景

大長:三冨さんはbridgeでのプロジェクトだけでなく、自身が代表取締役を務めるS&D PROTOTYPINGでも、大企業を中心にプロトタイピングの支援をしていますよね。現時点で、活動の広がりや理解度についてどのように捉えていますか?

三冨:2018年に経済産業省・特許庁による「『デザイン経営』宣言」の政策提言がありました。これがきっかけとなり、デザイン思考に対する理解が広まり、一昨年くらいから予算も取れるようになった印象があります。

プロトタイピングも同様に活用しようとする流れはあるものの、デザイン思考の一部として扱っているため、どこまで普及するかはこれからといった印象です。

大長:プロトタイピングが企業に浸透しない理由はどこにあると考えますか?

三冨:完成前の試作品(プロトタイプ)をお客様にお見せするのは失礼である。そんな慣習が残る企業が一定数存在し、導入時の障壁になっている気がします。また、デザイン思考やエンジニアリングデザインそれぞれでプロトタイピングのテクニックや定義が異なっていたりもしているので、なかなか共通した理解を形成するのが難しいという点もあります。

大長:この課題に対して、企業はどう向き合うべきだと考えますか?

三冨:「未完成品を受け入れる」というマインドセットを、組織内に浸透させることが大切だと思います。完成形に近いものは修正も利かないため、仮にお客様の求める価値とのズレがあった場合に効率的でないと思います。

プロトタイピング導入の手段として、まずは経営層にその有用性を知らしめ、トップダウンの意思決定をすることが重要だと思います。

大長:価値検証をする際の顧客インタビューの回数や、仮説検証の回数をKPIにする企業もありますが、それが正しい評価の仕方なのかというと難しいですよね。

三冨:正確に測定しようと思うと、1つの案件の中でプロトタイピングを「回した場合」と「回していない場合」で比較する必要があります。しかし、同じプロジェクトがあるわけでもなければ、比べるほどの量があるわけでもないので、何が正しい評価かを断定するのは難しいですよね。

村上:「未完成品を作って、顧客に当てながら改善していく」というスタイルは、安心安全品質なモノ作りを重視してきた日本の大手メーカーの従来のやり方とは大きく乖離があると思うんですが、定量的な指標などを用いてプロトタイプの評価方法をうまく実施している日本企業の事例などはありますか?

三冨:もしかすると、トヨタ式カイゼンはヒントになるかもしれません。チームメンバー各自でカイゼン案を出し、プロセスを回すやり方は、プロトタイピングにも応用できる気がします。

新規事業開発の全体を捉えるとシステムとして大きすぎるので、細かく開発フェーズを分割して、何かしら数値を計測するイメージです。

村上:面白いですね。確かに日本企業には向いたやり方かもしれません。トヨタ式カイゼンを、新規事業開発のスタイルに当てはめて考えることをbridgeでもチャレンジしてみたいですね。

先行している企業から学ぶ、仮説検証ポイントの注意点

大長:パナソニックのように、先行してプロトタイピングを導入している企業もあるので、「そこではどんなことが起きているのか?」という話もしたいですね。

村上:個人的に、プロトタイピングの専門チームを作ることの意味合いに興味があります。社内の誰でも新規事業開発にチャレンジできる文化を醸成する企業もありますし、技術面では生成AIやChatGPTの進化、Protopieのようなプロトタイピングツールの普及も進んでいます。こうした背景がある中で、専門チームを作る意義とは何なのだろうかと。

三冨:いくつか観点がありそうです。まず一部の企業ではセキュリティの関係で安易にAIは使えませんし、Canvaのような直感的に使えるツールならまだしも、BubbleAdaloなど少し複雑なノーコードツールの場合は習得コストがかかります。そのため、専門チームが社内にいることには一定のメリットがあるように感じます。

また、新しい技術やツールに対するリテラシーの高さも重要ですよね。GAFAMのような企業であれば息を吸うように、さまざまなツールを使って仮説検証をしているかもしれませんが、日本のレガシーな企業でウォーターフォール開発が根付いている場合、クイックに仮説検証を回すことに慣れていないと思います。

村上:この記事の読者にとっては、共感できる話かもしれませんね。

三冨:新しいツールに対する親和性や組織構造を鑑みると、専門のプロトタイピングチームを出島として作り、少しずつ会社全体に浸透させようという発想が考えられるかと思います。もちろんそのやり方が効果的かどうかは、分けて考える必要がありますが。

村上:もう1つ、部署や職種を横断したチームでプロトタイピングをすることの難しさを感じる場面もよくあるんですよね。

三冨:わかります。エンジニアチームとデザインチーム、価値検証チームの3つがあったとして、用意するプロトタイプの忠実度がそれぞれ全然違うんですよね。エンジニアは完成形に近い製品を作る傾向にありますし、価値検証チームは簡易的なチラシなどで当てにいこうとする。デザインチームは見た目が美しい作り込まれたものを用意する、という具合です。

村上:何か気をつけるべきことはありますか?

三冨:どうしてもデザインチームが作ったものが「いいね!」となりがちです。デザインに対する好みも変数に加わるので、そこも気をつける必要があります。ピンク色で丸みのあるものか、グレーのソリッドなものかでは印象がまったく異なるので。

村上:デザインテンプレートのクオリティが上がっている分、プロトタイプ自体の忠実度も上がる一方で、そのプロトタイプで事業の何を検証するのか?を事前に設定しておく難しさがあるわけですね。

トップが発信しても、組織に浸透しない理由とは?

大長:経営のトップが「プロトタイピングを導入しよう!」と組織全体にメッセージを出しているにもかかわらず、活動を推進する現場とはうまくつながらないケースも意外と多いと感じています。これって、なぜでしょうかね?

三冨:もしかすると、組織全体にそもそも浸透させようと思わないほうがいいのかもしれませんよね……。不確実性の高い場面を迎えた時、売上が下がってきて抜本的な見直しが必要な時に仮説検証をクイックに回すなど、特定のケースで活用するなどが考えられるかもしれません。

出島としてのプロトタイピングチームは、PM(プロジェクトマネージャー)ような役割を担って、必要としている組織に一定期間だけ出向く形でも機能する可能性があります。

村上:日本人の気質的に、スタートアップで働いている人でさえ不確実性に耐性がない人が多い気がするので、その発想はいいですね。全員が主体的にプロトタイピングするのではなく、全員が専門チームにアクセスできる状態にすると。

大長:この場合、外注するのではなく、社内に専門チームを作ったほうがいい理由ってどこにあると考えますか?

三冨:大企業の場合、仕事の進め方に独自の文化が定着していると思います。文脈が分からない外部の人間がプロトタイピングするよりも、勝手がわかる社内の人間が入るほうが血の巡りが良くなると思うんです。

村上:文脈の理解がなければ、意思決定に必要な材料も定義できません。前提として社内の人がプロトタイピング支援をするのは筋が通っていていいですね。

三冨:本当にその通りだと思います。外部から支援をしていて思うのは、仮説検証のプランニングや結果は取りまとめられるものの、それをもって「今後どうするの?」という部分はスコープ外になってしまうんです。

会社のコンテキストを理解していなければ、経営層の意思決定を促すことができず、無駄になってしまう。効率を求める上でも、プロトタイピングの専門チームは社内に設けることが良いのかもしれませんね。

村上:2018年に森岡毅さんが書いた、『マーケティングとは「組織革命」である。』という本がありますが、その中に「全員がマーケターになることで組織全体の血の巡りが良くなる」といったことが書かれていました。これは全員でマーケティングの専門家になれという話ではなく、マーケターとしてのマインドを持つべきというメッセージだったと認識しています。

三冨:プロトタイピングを大きく「スキル」と「マインド(OS)」に分けてしまおう、という考え方はいいですよね。今回の流れを踏まえると、スキルは専門チームにアクセスすることで使えるようにし、マインド(OS)を全員で持つことでアクセスすることに抵抗がなくなるという。

村上:AIなどの新しい技術も、わからないものは怖いけれど、リテラシーやマインドセットが伴っていれば使いこなせる。プロトタイピングも社内に理解が浸透していれば、専門のチームを上手に活用できそうです。

日本人の仕事に対する価値観を再考する

村上:少し角度を変えた視点だと、プロトタイピングの考え方自体が「日本的ではない」可能性もあるような気がしているんですよね。海外のスタートアップだと、仕事に対するマインドが日本とは違う気がしていて。納品物1つを扱うにしても全然すり合わないことがあるんですよね。

大長:具体的なエピソードは何かありますか?

村上:過去に経験したことですと、ニューヨークのあるデザイナーが、家族とのディナーがあるからと50%の仕上がりで資料を提出したことがあったんですね。日本だと100%に仕上げないと許されない空気ってありますよね。こうした日本人の働き方や文化が、試作品段階のものをお客様に見せるというプロトタイピングの発想を阻害しているような気もしています。トヨタ式カイゼンを含めて、改善というスコープで捉えると、日本人や日本企業が得意としてきた領域だと思うので、少しチューニングすれば強みに変えられるかもしれません。

三冨:プロトタイピングで重要なのは、使える時間をまず把握して、10時間であれば10時間でできる範囲でやることなんですよね。大切なことなのに、そこの観点が抜けてしまうことが多いなと感じています。構造的に「失敗してもOK」という仕組みを作ってしまうことは意外とポイントな気がしているので、そういった考え方につながる部分もぜひ伺ってみたいと思いました。

大長:今回の座談会では、プロトタイピングの考え方を組織に導入する上で大切なポイントを、意見交換によって深められたと思いました。次回もぜひ楽しみにお待ちください。

 

取材協力:株式会社ソレナ

 

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