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大手企業の新規事業開発を中心に支援を続けてきたbridgeが「事業と組織」をテーマに、時にゲストをお招きしながら、bridgeメンバーで自由にディスカッションを繰り広げる「新規事業の自走化」シリーズ。
第6回目の今回は、PRデザイナーとしてbridgeの新規事業支援をサポートする刑部 友理が、プロジェクトデザイナー大長 伸行と対談します。過去の事例を振り返りながら、ボトムアップによる新規事業開発には、なぜ「広報」の役割が重要になるのかを紐解きます。
大長:今回の「自走化シリーズ」では広報の役割にフォーカスしようと思っています。というのも、bridgeで新規事業開発の支援をしている企業で、社内向けの広報に力を入れ始めている企業が増えているんですよね。
背景を深掘りしていくと、社内提案制度に対する社内の関係人口を増やしたいというニーズがあることがわかってきたんです。
大長:デザインシンキングやリーンスタートアップ、アジャイル開発の手法を学び、事業のアイデアを生み出すことはできても、いざ市場検証・事業化とフェーズが進むと頓挫してしまうことが傾向としてあると思っていまして。
阻害要因はいくつかあるものの、顕著な例として、既存事業や社内の協力を得られないことが課題になることが多いと考えています。社内提案制度の参加者同士では盛り上がっていたとしても、それ以外の社員やメンバーには、これらの活動自体が知られていない。その状態では、いざ力を借りようにも難しい現実があるわけです。
刑部:bridgeでは新規事業創出プログラムを実施したあと、運営に携わった事務局メンバーと振り返りのワークショップを開くようにしています。その時も話題として「もっと社内に活動を知ってほしい」という声が出ますよね。
課題感を皆さん持っているにもかかわらず、社内向けに発信がなかなかできない背景には、どこまで成果を語って良いのかわからないという悩みがある気がします。社内提案制度などに参加した皆さんはもちろん頑張っていますが、目に見える大きな成果がまだ可視化されていないことから、声を出したくても出せない部分があるというか。
bridgeがサポートした事例の中で、例えば静岡大学のアントレプレナーシッププログラムや浜松イノベーションチャレンジでは、私たちが外部から働きかける形で広報活動の支援もさせていただきました。メディアにも多数掲載されたので、参加者の方々のモチベーションアップにも寄与したと思います。
事務局からのインタビューもすごく喜んでくれたのが印象的でした。自分たちで発信することに気恥ずかしさがあるのであれば、事務局側からきっかけを与えてあげるといいのかもしれませんね。
大長:ちょっとした成果を改めて社内に伝えるのって、身内ということもあって恥ずかしい部分はあるんでしょうね。「それって成果なの?」と言われてしまうことに抵抗があるというか。事務局側にデザイナーやPR担当のメンバーがいれば多少違うのかもしれませんが、それすらない場合は社内広報のハードルがとてつもなく上がってしまう。だからこそ、bridgeとしてもこの課題を捉えきれずにいたのだと思います。社内に活動をもっと伝えたいけれど発信できないのは、そういう背景があったのかと。
大長:bridgeで新規事業にまつわる実態調査をしたことがあるのですが、その時に「新規事業への取組の意義や目的を全社で共有している」という回答が34.3%と、断トツの1位だったんですよね。この結果からわかるように、経営陣やマネジメント側は、社内に活動の意義を伝えること、インナーブランディングが重要だと認識していることがわかります。ただ、それが社内に伝わり切っていないことから、今回のような課題が浮かび上がってくるのだと思います。
刑部:シンプルですが、社内に活動が知られていないのであれば、まずは認知してもらえるように働きかける必要がありますよね。知ってもらえたその先に、応援したいなとか、協力したいなと気持ちが動いてくるはず。社内提案制度に手をあげてチャレンジした人が孤独にならないようにすることが大事で、そのためには発信し続ける必要がありますよね。インタビュー記事を読んだよでもいいですし、Slackの投稿を見たよでもいい。
もう少し具体的に言えば、動画や記事を活用して、社長や役員のメッセージを最初に発信できることが望ましいと私は考えています。社内に活動を浸透させる役割、風土づくりの役割を担えるのはやはりトップの言葉です。それが最初のステップだとしたら、次に先輩(卒業生)の声を表に出したり、時には社外の成功者からセミナー形式で話を聞ける場を用意し、チャレンジャーに憧れを持てるような空気づくりをするのもお勧めです。
大長:協力者を増やすことは本当に大切ですよね。早い段階から関係人口を増やしておけば、いざ市場検証や事業化のフェーズが見えてきた時に社内ネットワークにアクセスしやすくなります。大企業の新規事業創出の取り組みは、一見して人数や予算などリソースが潤沢にあるように思われがちですが、既存部門からの力を借りられなければ小さなスタートアップよりも規模が小さくなってしまうことも十分にありえます。こうした課題を解決する上でも、早期からの社内広報は有効ですね。
大長:社内広報の大切さが見えてきたとして、いざ発信しようと思うと、どこから手をつければいいのかわからないことってあると思います。広報活動はどのように企画・設計すると良いでしょうか?
刑部:タッチポイントの設計と共感設計、あとはタイミングの3つを意識すると社内にうまく伝わっていくと思います。タッチポイントの話でいくと、まずは情報を手にしてもらえる場所を選ぶ必要がありますよね。企業によってはメールやSlackのようなツール上かもしれませんし、社内ポスターの場合もあります。
そこに対して次の共感設計では、ユニークなメッセージやビジュアルをクリエイティブに組み込むことで接点を持ってもらいやすくします。作り込みすぎてもよくないので、リアルな部分も交えながらとなりますが、Slackであれば社内の人からたくさんスタンプを押してもらえるように、リアルであれば口コミが口コミを呼ぶような仕掛けを考えられるといいですね。
ポイントは、社内提案制度の説明会などに参加してくれた関心度の高いメンバーにヒアリングをするなどして、どんなメッセージが響いたかなどを集めて分析すること。クリエイティブ作成のヒントになります。
大長:社員をヒーロー化させるような発信もいいですよね。まだ成果が何も出ていない時点から「ナイストライ!」と思ってもらえるような演出として効果的です。手をあげてくれたメンバーのほとんどは、普段の業務が忙しい中で貴重な時間を使って取り組んでいるものです。それなのに「あの人は時間があるのかな、暇があるのかな?」と思われてしまったら本末転倒。そうした空気では社内のネットワークとつながることは難しいでしょうし、本人も萎縮してしまう。そうさせないための演出が大事ですね。
刑部:今のお話は、3つ目のポイントである「発信のタイミング」とも関係する内容だなと感じました。社内広報をする際には、
①メンバーを募集する時
②事業案を全力で作っている時、審査に参加する時
③審査後、事業化後
という3つのシーンで見るようにします。初期の参加者を募るフェーズではワクワク感を伝えることが重要になりますし、事業案を作り始めてからは二足のわらじで努力している様子を伝えていくようにします。ここを疎かにすると「既存事業が忙しい中で、一体何をやっているのか?」とミスリードになってしまいます。
頑張っている参加者にはインタビュー取材をしたり、事務局がワークショップや活動の様子をレポートすることで、リアルタイムの動きを社内に向けて発信できますし、審査後や事業化後の振り返りとしても活用できるはずです。
大長:参考の1つとして、スタートアップのピッチ会場の様子は役立つと思います。起業家が登壇すると、会場から割れんばかりの拍手があって、全員がピッチに立つ人を賞賛していることがわかります。一方、企業内新規事業の審査ピッチの場合だと、登壇者が目の前に現れても会場が静まり返っている場面もあったりするんですよね。そして、ピッチが終わると「お疲れ様」の拍手がぱらぱらとある。これって大きな違いですよね。
理想的な会場の雰囲気というのは、審査ピッチが始まる前から「時間と情熱をかけてくれたことへの感謝」が賞賛や拍手として現れていないといけない。これがあるかどうかで、社内から新規事業が生まれるカルチャーや風土があるかどうかをある程度判断できたりします。大事なのは、これらは自然発生的に生まれるものではなく、意図的に社内広報によって作り上げるものだということ。ここに、イノベーティブな組織をつくるためのヒントがあると思っています。
大長:社内広報の事例として、冒頭で静岡大学のアントレプレナーシッププログラムや浜松イノベーションチャレンジの話題に触れましたが、そのほかに読者の方がイメージする際に役立つ事例って何でしょう?
刑部:モスフードサービスさんの新規事業公募コンテスト「Challenging 01」では、社長のインタビュー動画を撮りましたね。ピッチコンテストでは社長を含め、役員総出での参加だったことが印象的でした。最近ではホーユーさんの新規事業創出プログラム「コノユビトマレ」が良い例です。クリエイティブにも力を入れていて、2年目の今年は社内広報に一層力を入れており、bridgeでも広報面での伴走をしています。
大長:広報やPRと聞くと、無意識にプレスリリースを含めた外への発信を思い浮かべてしまいがちですが、今回のお話はカルチャー醸成やインナーブランディングの文脈ですよね。新規事業でうまくいっている企業と言えば、リクルートグループの『Ring』やサイバーエージェント、ネスレの新規事業創出の取り組みが頭に浮かびます。社内外に対して、広報活動ができているからこそ認知されているわけですが、これほどまでに注力しているのは、その重要性を理解しているからだと思います。
刑部:ボトムアップで新規事業を創出しようと取り組む事務局の方々からすると、どうしたらもっと参加者が増えるだろう、リアクションしてくれるだろう、協力を得られるだろうと迷い、孤独を感じる方が多いように感じます。でもそれらは、活動の意義や内容が、社内にきちんと伝わっていないから起こる課題だと思っています。
認知はもちろん、風土や文化を変えていけるのが社内広報、インターナルブランディングの力です。社内新規事業プロジェクトを成功に導くためには、社内広報が隠れた鍵であることを、ぜひこの記事で知っていただけたら嬉しいですね。
取材協力:株式会社ソレナ